アフリカとの出会い58 「ポレポレ建築物語」 アフリカンコネクション 竹田悦子 |
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ポレポレ(pole pole)とは、スワヒリ語で「ゆっくり」の意味。この8年、私たち夫婦は、まさにポレポレで、ケニアで土地を購入し、家を建てた。ずっと昔に、“I had a farm”(訳:私は農場を持っていた)という書き出しで始まるアイザック(カレン)・ブリクセンの自伝「アフリカの日々」(*参照)の本を読んで、外国人女性として1人でケニアの地で生きた姿に感動した。いつしか、私もアフリカで農場を持つ夢が叶ったことになる。 2002年にケニアを去って、日本に帰国してから8年の間、まず1ヘクタールの農場を手に入れたのが最初で、その後少しずつ土地を買い広げていった。そして最終的に5ヘクタールの広さとなった。 それにしても購入、契約、建築など、すべてがゆっくりだった。ケニアでは土地の所有は、すべて植民地時代のイギリスの方式を採用しており、正式なTitle Deed(土地譲渡証書)を新旧所有者間で、弁護士を通じて契約書を交わすシステムになっている。この一連の手続きにも時間がかかった。 銀行などの住宅ローンや一般的な融資のシステムが、利用者に浸透していないケニアで家を建てる一般的な方式は、お金が貯まったら少しずつ土地を買い、建築資材を買い、人を雇い、建築を少しずつ出来る所から始めていくやり方だ。ケニアのいたるところに建築中の家や建物が長期間放置されているのも、自分たちの貯金に合わせて、すべて少しずつ建築していくためである。私たち夫婦も、まさにこのケニア式で1つ1つ積み上げて進めてきた。 首都のあるナイロビに家を持つか、或いは夫の実家近くがいいのではと悩んだ挙句、結局私が一目ぼれした場所に決めた。その場所はケニア滞在中、たまたま訪れた田舎町だが気に入った場所だった。そこは、標高3906mの中央ケニア州にあるキナゴップ村。一言で言うならば、何もないところだ。北側には標高5111mのケニア山やアバディア国立公園があり、観光地として有名なロッジもその先には沢山ある。首都ナイロビからは、北上すること200km。車で2時間の距離にある。 初めて訪れたとき、不思議にただ懐かしさを感じた。キクユ族しかいないこの村は、典型的な農業を中心とし、主な産業もなく、ただただ自給自足のための農業が人々の手で行われているありふれた農村。購入した場所も、有史以来誰も耕したことのないアフリカの大地。木が点在し、自然に自生している芝生と花。その時訪れた自分が、この何もない村にこんなにも魅せられたのは何故だったのかは分からない。友人の家に滞在し、舗装されていないがたがた道を自転車で走ったり、畑で野菜を収穫したり、牛、ヤギ、ウサギや羊にえさをやり、ヤギのお乳を搾り、水を汲みに出かけ、薪を集めに畑に入る。そんな生活を2日したのち、心から寛いだ気持ちになった。静かに時が流れ、人の手が入らなければ何も変わらないであろう風景の中で、時間や予定に縛られないで生活をしている人々がここにはずっと昔からいる。世界の出来事だけでなく、ケニアの出来事からも切り離されたような日常を送る。 さて、アイザック(カレン)・ブリクセンも、ナイロビを見下ろすンゴング丘陵というマサイ族の土地に農場を所有し、大規模コーヒー農園を経営していた。1914年、デンマークからイギリスの植民地であったケニアに渡った、夫と別れた後も1人でケニアの首都ナイロビ近くで18年間、経営した後に農園を閉めた。そして1931年に帰国、1933年にケニアの日々を綴った「アフリカの日々」を出版する。植民地時代の貴族的な暮らしぶり、白人入植者の思いを細かく美しく綴った。 現在もその時の住まいがそのままカレン・ブリクセン博物館として残っている。高台に立つ、平屋の大きな屋敷。1人になってもケニアに残り、植民地支配下にあるケニア人と共に農場を経営し、18年間もの間住み続けた彼女の人生の充実と苦悩の日々が染み付いた家。この博物館の庭で、結婚披露パーティーなどが開かれたりするほど美しい眺めだ。私も彼女の住まいであった博物館を訪ねてみた。 高価な調度品や木目の落ち着いた家具が並んだ彼女の家の、一番印象的な場所が、「窓」だった。彼女も眺めたであろう小さめの窓から見えるケニアの青い広い空の美しさ。 実は、私達の家はまだ屋根がついておらず未完成だ。しかしそれが普通のケニアの建築の仕方なのだ。施主である夫も含めて、誰も気にしない。こうしてポレポレ建築物語は続くのである。 そしていつか私も完成した家に住んで、そこでの生活を振り返りながら、「I had a farm」で始まるアフリカでの日々を書いてみたいと思っている。 【参照】 アイザック・ブリクセン著 「アフリカの日々」(横山貞子訳 晶文社1981年出版) 「I had a farm」(訳:私は農場を持っていた)の書き出しで始まるアフリカでの日々を綴った散文。アカデミー賞受賞映画「愛と悲しみの果て」の原作としても有名です。 アフリカとの出会い目次へ トップへ |